「
スローカーブを、もう一球」 山際淳司 (角川文庫)
以前持っていたんだけど、「江夏の21球」をまた読みたくなって古本をポチ。
この本は短編集で、「江夏の21球」はその中の一編である。1979年の日本シリーズ(近鉄vs広島)で、当時広島の江夏が9回裏に投げた劇的な21球のようすを記したノンフィクションである。
改めて見ると、著者山際淳司氏はこの「江夏…」がデビュー作で、スポーツイラストレイテッド「Number」の創刊号に掲載されたという。
Numberの創刊号は買ったので、その時にも読んだわけだ。
(当時「Number」の字は小さくて、号を示す数字「1」の字が大きかった。数字が変わる→毎号タイトルが変わる雑誌として話題になった記憶がある)
野村克也氏は、この21球こそ野球の醍醐味、と語ったという。シーズン401奪三振やオールスターでの9者連続三振といった記録とともに、江夏伝説の一角を成しているが、その派手な結果よりもむしろ1球、1球こそがドラマだったのである。
ただし、有名選手やメジャースポーツが題材になっているのは、この本の中では「江夏…」一編だけである。
あとは、(その世界では有名なのかも知れないが)高校野球(それも地方予選)の1シーンだったり、ボクシングだったり、走り高跳びだったり。
山際は、その「ドラマ」たちをたんねんに、独特の筆致で切り抜いていく。
修辞の少ない短いセンテンス。舞台の進行と追憶が交互に現れる、時制のゆらぎ。「 」ではなく、<< >>で少し遠いモノローグのように語られるせりふ。
なんとなく、主人公たちが当時そのままの真夏の草いきれの中で黙然と走り込みをしているような静謐さを感じる。1980年当時…ということはオレも東京に出たか出ないかくらいの、まだ身体が熱かった頃の空気に包まれてくるのがわかる。遠い夏の音が聞こえる…。
山際淳司は1995年、46歳の若さで亡くなっている。
(14:40追記)
ところで、江夏の凄さが窺われる言葉が手元に残っている。
スポーツニッポン紙(2004/4/3)で有本義明氏がコラムで引用していた江夏の言葉である。
外角にいつでもストライクを取れるストレートのコントロール。
これさえあれば、そこからボール半個分の出し入れと、球速の加減でいくつものバリエーションができる。そこで内角球が生きてくる。
いろんな球を小器用に投げ分けていい恰好する必要なんかまるでない。1球を命懸けで優しく投げることだよ。
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