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2005/06/08 水

遺伝子組み換えとの引き換えに…

農水省系列の独立行政法人・北海道農業研究センター(北農研=札幌市)は七日までに、遺伝子組み換え(GM)技術を使った耐冷性イネの屋外栽培試験を、二○○七年に同センターの隔離ほ場で再開する方針を固めた。GM作物の栽培条件を定めた道条例の施行を十月に控え、同センターは立地条件に配慮すれば交雑などの悪影響は防げると判断した。ただGM作物への慎重論は一部に根強く、再開までにはなお曲折が予想される。

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これってどうなんすかね?
心情的には、いずれ生態系に取り返しのつかない悪影響が出ると思えて、ものすごい拒絶感があるんだけど…。
(今さら生態系がどうのというのも唇寒いんだけど)

第一、なぜ慎重論を押し切ってまで耐冷性イネの栽培を敢行しなくてはならないのかが理解できない。
そんなそら恐ろしいことを考える前に「商業主義」や「無駄」の排除を考えた方が建設的だと思うな。

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Comments

科学者というものは、自分の考えついたことを机上ではなく、実験で...そして現場でやってみたくなる人種らしい。

米が余っているのになぜに米を作らなくてはならないのか。実家が農家だから農家の米作りに対する情熱ってのは理解できるが、なぜ交配ではなく遺伝子組み換えなのよって憤りがあります。
やはりこの話題は一言言っていたほうがいいかな。
うーん難しい問題だね、とりあえず自分の日記に意見書きます(笑)
同上ですね。過激に逆寄りだから(笑)。
なるほどなぁ。

いま現在、常に進歩する科学技術のおかげで我々の生活は成り立っているわけだし、なぜか倫理観の薄い科学技術のおかげで我々の生活は壊滅的な危機にさらされている(呪われている)わけだよね。
そして限りなく前者=後者なんだ。結局それが人間の営み、ってことだよな。

しかし遺伝子レベルにまで手を出す違和感って、ない?
核融合とかと同様、実はあんまりよくわかってないことに手を出している危うさがあるよ。
(根拠を示せ、と言われると逆に困っちゃうけど)

やりたい人がいるのは結構だけど、やらせたくない人だっているんだ。

*
科学技術がそれをやるかどうか、という議論のほかに、なぜそれが必要なのか、ということも考えたい。
その「必要」とは、ユーザーニーズではなく、(また科学技術者の探求ニーズというものでもなく、)ベンダーニーズなのではないか。
そこにも大きな違和感を持っている。
呪われてしまえと言っておいてなんだけれども、その一方で、違和感を感じる人がいる事は救いなんですよね。特に特定の宗教思想団体の受け売りから来ていないものについては貴重。

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